長崎

【長崎県】金田城① 今なお大陸に睨みを利かせる岩塊の城 古代編

基本情報

 形態:山城
 史跡指定:国指定特別史跡
 標高:276m
 城の整備:駐車スペース(3台程度)、陸軍が作った車道、登山道
 所要時間:4時間(朝鮮式古代山城を全て見ると)
 訪問日:2019年3月

過去、朝鮮式山城や神籠石式山城は、大野城、鬼ノ城、高良山などを見てきました。

縄張り図 現地看板

山城Q
山城Q

この地図には、重要なことが記載されています 後半で明らかに!

これらは、一般的な戦国の山城とは作り方が違い、山頂全体に大陸系の門がある城がドンと出来上がったイメージ。白村江の戦い以後の国家プロジェクト。

そのあたりの大名とは違う
「桁違いの狂気」
「圧倒的じゃないか」
をご紹介します。

地質の側面から見る

引用元:産総研地質調査総合センター,20万分の1日本シームレス地質図V2(地質図更新日:2022年3月11日) より山城渡りQが加筆・修正したものである (スマホで拡大可能)

地質の場所的に、花崗岩(赤帯)と堆積岩(緑部)が取れるようです。この岩は、「石英斑岩」というものらしくゴツゴツとした見た目が硬そうですね。だから、大量の岩石を確保できたのでしょう。

では、出発 

前日まで、嵐のような天気。昼まで待機していざ、登城。駐車場は、狭く車三台で無理かも。簡単なパンフレットがあります。

では!!

この道は、旧日本軍が作った車道で、ハイキングにもってこいですね。

山城Q
山城Q

え??何で旧日本軍なのか??

↓↓↓気になった方は、その2に進むこともあり!

どんどん進むと、開けてきました。道は歩きやすくて丁度いい。前日は、ものすごい嵐でしたが、過ぎ去って良かった。

眺望

エメラルドグリーン!!素晴らしい景色。風の波紋が見えて内海ならでは。

城域に入る

南門~東南角石塁のインパクト

山城Q
山城Q

ここがみどころですよ

現地看板

なんか、看板が見えてきましたよ。

「!!!」「これか~~!!!」

なんという土木量。なんという崩れ方。

どうやって、、、どれだけの人がこの岩を運んだんだ!

山城Q
山城Q

ここもみどころですよ

東南角石塁

この東南角石塁は、別名「雉・雉城」と言われている出っ張りで、「雉」とは「鳥のきじ」の意味ですが、岡山県の鬼ノ城にもあります。朝鮮築城術の一つとなっており、見張り台なのでしょう。ここ金田城には、他に二ヶ所あるようです。

山城Q
山城Q

雉城(チジョウ・チソン)

中国では馬面(バメン)

その「東南角石塁」の端は、崩れている。どべーーーーーと。

国の存亡の危機、国家プロジェクトとなると、ここまでになるのか。凄すぎる。なんとも興奮が収まらず、写真を撮るだけでも手元がおぼつかないながらも、

矢印に従い進む。

三ノ城戸

現地看板

三ノ城戸へ。城戸とは、城郭の出入り口の名称のこと

もうひっちゃめっちゃか。門跡柱の跡がちらほら。この散在具合がタマラナイなあ

山城Q
山城Q

ここもみどころです

下の方は、割と大きな岩を配置し、上は、多少小さい。下の岩が大きいとすごーーーーく威圧感があります。狭い空間なので尚更です。

綺麗だね~。

驚くべきことに、最下層には、穴が開いていて今でも水が流れている。これが、古代山城の特徴ですよね

二ノ城戸 復元石塁

場所は変わって二ノ城戸は、かなり修復されている様子

どこまで修復されているのか。全体なのかは分かりづらいです。岩石も割と小さいかな

そのまま横へ移動します。ずっと、石塁が横を走ります。

お!なんか、見えてきました。

一ノ城戸

そして、一ノ城戸へ。

気付き

山城Q
山城Q

じーーーーー

と見ていて、面白いことに二つほど気が付きました。

こんな真四角の築石はあんまり他では見ません。

山城Q
山城Q

なにやら、積み方が独特です

何か、違和感を覚えます。

上と下とでは、積み方が違う。

Qさん
Qさん

上は、泥岩による布積み
下は、石英斑岩による野面乱積み

修復されたのか、監督者が変わったのか、、、
そうなのです。上部は江戸時代に修復された跡のようです。しかし、発掘調査によっても「古代の城門とは考えられない」という説もあります。非常に評価が難しい。

面白いのがこの角石

横から見ると、当然、算木積みではないです。長方形に加工した泥岩を積み重ねる。「出来るだけ、長いのを使いたい」という気持ちが伝わります。興味深いです。

古代編は以上。次の近代編では、もうめちゃくちゃな事態に。。。↓↓↓


  

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